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2016年07月30日

火打ち梁

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地震や台風時に発生する水平力を、筋交い等の耐力壁に伝えるためには、水平面を固めることが求められます。床組みには厚板のパネルを張りますが、小屋組みには火打ち梁と呼ぶ、斜め材を入れます。耐震性を高めると火打ち梁が多くなるので、空間デザインの点では悩ましいところです。

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2016年07月30日

防水

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外側にアルミシートを貼って遮熱性能を向上した、エアサイクルオリジナルの断熱材です。部材間や貫通部に隙間ができてしまうと、折角のエアサイクル工法もうまく機能しません。発砲ウレタンや防水気密テープで、全ての隙間を塞ぎます。

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2016年07月30日

筋違い

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筋違いによる耐力壁や水平構面のバランスに注意しながら許容応力度計算により耐震等級3を確かめています。筋違い材は、45×105と太い材を標準としています


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2016年07月30日

配筋検査

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基礎コンクリートを打設する前に、配筋が図面通りにできているか予めチェックする配筋検査を行います。鉄筋の種別、鉄筋の間隔、鉄筋径、かぶり厚さ、定着と継手の長さ、立上り筋の高さ、緊結の状態などをチェックします。この検査は、基礎の耐久性に影響する非常に重要な検査で、項目ごとに入念に行います。

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2016年07月29日

美しい組子細工

長野で建築予定の庫裡(寺の住居部分)の設計が終わりました。アースデザインオフィスで約1年半前から計画を進めてきましたが、建て主がお忙しいため検討期間も長く、設計変更も何度かありましたので、この間ずっと設計していたという訳ではありませんが、これで一区切りです。
打合せに通っている中で、凄いモノを見せてもらったので、皆様に紹介します。

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これは組子細工(くみこざいく)です。一般住宅ではほとんどお目にかからない代物ですが、地方の本格的な和風住宅では、障子や欄間の建具に、こうした精緻な細工を施した組子が見られます。障子の組子といえば、竪の本数や横の本数を加減したり、等間隔にするか吹き寄せにするか、シンメトリーを崩すか等、基本的なデザインはすぐに思い浮かびます。しかし組子細工の建具は、デザインが多種多様で驚くほどです。

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これは、長野市篠ノ井に栄建具工芸を構える横田栄一さんのご自宅にある組子欄間です。和室の続き間で、部屋境の襖の上に造られるものなので、現代の住宅では欄間そのものが見られなくなっています。

横田さんは小諸市の家具職人の家に生まれ、職業訓練校で木工を学んだ後、16歳から8年間を住み込みで建具の修行に励むなか、「建具職人として一番高い所を目指すとしたら、組子ができる職人だ」と25歳で独立。当時は考えられなかった組子細工のマーケットを開拓し、現在は仕事の7割が文化財の修復というほど、この世界の第一人者として活躍されています。
横田さんは、これから庫裡を建築するお寺の檀家で、工務店の社長とも親しい間柄なので、庫裡の建具製作をしていただきます。組子細工の建具は2ヶ所の欄間だけですが・・・(笑)

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これは内閣総理大臣賞を受賞した組子細工の建具です。内閣総理大臣賞を受賞すること4回、黄綬褒章も受賞している現代の名工で、テレビ番組に出演したこともあるそうです。

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全体像では分かりにくいですが、寄っていくとその凄さが分かります。

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これは別の障子ですが、さらに近寄ってみると、精緻な細工がされていることに驚きます。小さく切った木片を組み合わせてはめ込んでいく作業は、気が遠くなりそうです。

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このように、組子細工で絵を描くこともあります。彩色されていますが、塗装ではなく樹種の違いで色を出しており、千曲川と信州の山並みを表現しています。

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杉、檜、青森ヒバ、欅、春椿、神代杉、神代桂、神代栓など樹種を変えながら、組子の形も変えながら絵を描くというのは、いったいどのような思考回路なのでしょうか。私には分かりません(笑)
兎にも角にも、至高の技術を持った職人の仕事を近くで見ることができるので、とても楽しみです。

岸 未希亜

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2016年07月29日

仕上げ工事

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仕上げ工事に入りました。壁に帯状や斑点に塗られたような部分が見えますが、これらをパテ処理と呼びます。壁にクロスを貼る前に、石膏ボードの目地やビスの頭をパテで埋めて段差をなくし、平滑な下地を作ります。

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2016年07月26日

キッチン施工

大工工事の終盤にキッチンが施工されます。
好みが分かれますが、対面式キッチンとして、大工造作のカウンターでキッチンの手元を隠すケースが最近の主流です。
施工後は、しっかりと養生を行います。
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2016年07月26日

捨てコンクリート

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あらかじめ防湿フィルムを敷いておき、その上から捨てコンクリートを打ちます。これで全体の基準となる平らな面ができます。基準となる平らな面ができることで、型枠の精度も良くなります。


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2016年07月26日

仕上げ工事

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壁に帯状や斑点に塗られたような部分が見えますが、これらをパテ処理と呼びます。壁に漆喰を塗ったりクロスを貼る前に、石膏ボードの目地やビスの頭をパテで埋めて段差をなくし、平滑な下地を作ります。

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2016年07月25日

上棟

いよいよ上棟です。
1階の柱を建てるところから一気に屋根の防水シートまで施工しました。
通常はここまで行うことは難しいのですが、いつものメンバーでチームワークよく作業することで可能となります。
木組みが見える家なので、なるべく雨で濡らしたくはありません。これで雨が降っても、全く問題ありません。
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今回は大屋根の家で、2階建てと比べて高さが低く抑えられ、重心の低いプロポーションがきれいです。

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2016年07月25日

地鎮祭

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地鎮祭には二つの意味合いがあります。一つ目は、土地を購入した時や家を建てる時に、その土地に住む神様を祝い鎮め、土地を利用させてもらう許可を得ること。そして二つ目は、これからの工事の安全と家の繁栄を祈願することです。

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2016年07月24日

地縄張り

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建物の外壁ラインに縄を張り、建物が敷地に対してどの辺りに建つのかを確認します。この配置確認と共に重要なのが、高さ基準の設定です。どの高さを設計G.L「±0」とするかになります。

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2016年07月23日

基礎工事

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基礎工事の初めは、遣り方です。基礎の外周に水杭や水貫と呼ばれる木枠を設けて、高さや水平位置の基準を作ります。
次に地業を行います。地業とは基礎を支える部分の工事で、初めに根切り(地面の掘削)を行います。建物の外周部や地中梁の部分を、ショベルカー(現場の通称は「ユンボ」)などを使って地面より掘り下げ、平らに仕上げます。そして地盤を固めるために砕石などを敷き、ランマー等で突き固めます。

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2016年07月22日

真田家の居城(信州の町3)

今年のNHK大河ドラマ「真田丸」をご覧になっていますか。草刈正雄が演じる真田昌幸に、初回からぐいぐい引き込まれましたが、小日向文世が演じる豊臣秀吉、高島政伸が演じた北条氏政も印象深いですね。

さて、アースデザインオフィスの仕事で長野に度々出張しているので、真田氏の拠点である上田と松代(まつしろ)に行って来ました。ドラマを見ると、上野(群馬県)の沼田城や岩櫃城も重要拠点ですが、信州の町シリーズ第三弾を兼ねている今回は省略です(笑)

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真田家の家紋の一つ「六文銭」は、三途の川の渡し賃として棺に入れるもので、「生きて帰らぬ」という強い意志を表していると言われます。「真田の町」をアピールする上田駅にも六文銭が描かれていました。

上田城(上田市中心部)の北東、現在は上田市に合併されていますが、以前は小県郡(ちいさがたぐん)真田町と呼ばれた地域が真田氏の郷です。武田家の家臣だった真田家は、武田家の滅亡により織田政権に組み込まれ、本能寺の変で織田信長が死ぬと徳川、上杉、北条による旧武田領争奪戦に巻き込まれますが、真田昌幸(信幸、信繁の父)が、大名不在の小県(ちいさがた)で国衆の総大将になり、智謀を駆使して諸大名と渡り合います。昌幸の謀略家ぶりはドラマでも面白く表現されていますね。

こうして1583(天正11)年、徳川家康の命を受け、上杉氏に対する徳川氏の最前線基地として上田城が築かれます。これは、千曲川領域に勢力を延ばしていた真田家にとっても必要な城で、「昌幸が家康に造らせた」と見ることもできます。

ueda2.jpg二の丸堀跡は遊歩道になっていて、市街地となった三の丸との間を隔てています

ueda3.jpg二の丸には上田市立博物館や運動場があり、一角には大河ドラマ館がオープンしていました。朝から観光客も多くいます

ueda4.jpg東虎口櫓門。天守のない上田城ではここが一番の見せ場です。南北の櫓(やぐら)は民間払い下げで遊郭に使われ、戦後に移築復元されました。城門は1994年に復元され、かつての姿になりました

ueda5.jpg現在、城の南側は芝生の広場になっていますが、当時は本丸のすぐ南まで千曲川の川幅があり、「尼ヶ淵」と呼ばれる天然の堀になっていました。下から見上げる石垣と櫓は、迫力があります

ueda6.jpgかつては眼下に千曲川が広がっていた西櫓からの眺め

上田城は天守もなく、堀と土塁で囲まれた簡素な城ですが、2度の実戦経験(第一次、第二次上田合戦)を持ち、どちらも敵を撃退するという輝かしい戦果をあげた点で、他に類をみない名城です。しかも撃退した相手が、城を造らせた徳川軍である点は喜劇的です。そのため、「関ヶ原の戦い」後に上田城は家康によって破却され、現在残っている建物や城郭は、江戸時代の藩主である仙石氏によって再建されたものです。

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また、上田は城下町であると同時に北国街道の宿場町として発展しました。道路が拡幅され、近代的な建物が多く建っている市街地の一部に、今も柳町という古い町並みが残っています。


再び歴史に話を戻します。「関ヶ原の戦い」を前に石田三成から書状を受け取った昌幸は、真田家の去就を決めるために父子3人で会議を開きました。ドラマではこれから放送される場面です。
父・昌幸と弟・信繁は姻戚関係のある三成率いる西軍に与し、兄・信幸は徳川の重臣・本多忠勝の娘を正室していることから東軍に付くことに決めます。父子、兄弟で袂を分かち、敵味方に分かれる決断でした。

この後、第二次上田合戦で徳川軍を撃退し、徳川秀忠を「関ヶ原の戦い」に遅れさせた昌幸と信繁には、上田領没収と死罪が下されますが、東軍に属した信幸と本多忠勝の助命嘆願により、高野山に蟄居させられました。昌幸は11年後に病死しますが、信繁(幸村)は大阪冬の陣・夏の陣で、真田丸を拠点に徳川家康を大いに慌てさせることは有名です。

その後、信之(信幸から改名)は上田領・沼田領を合わせて9万5000石の大名となり、真田家を存続させますが、1622(元和8)年、同じ信濃の松代藩13万石(後年、沼田領3万石が独立)に移封されました。これは真田家に苦しめられた秀忠の嫌がらせとも言われ、上田の地を追われることには信之も不服だったそうです。しかし松代藩は信之以来、明治維新まで約250年間を、真田氏10代が藩主となって治めました。

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松代城は元の名を海津城と呼び、信濃侵攻を進める武田信玄が上杉勢に対する拠点として築かれました。かの有名な「川中島の戦い」は4度あったのですが、その第3回と第4回の間に造られた城です。2004年に復元された太鼓門、堀、石垣などがあるものの、現在の松代城には見るべきものがありません。

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城跡よりも藩校であった文武学校の方が有名で、1855(安政2)年に開校した藩校が、完全な形で現在に残っている稀有な例だそうです。他にも城下には真田家の私邸として使われていた真田邸、家臣の住宅などが保存されていて、真田家10万石の城下町として、今日も静かな佇まいを見せています。

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また幕末には、兵学者として幕府の要職に就く傍ら、思想家として吉田松陰らに影響を与えた佐久間象山を輩出しました。象山の生家跡地には、知識と学問の神様として象山神社が建てられ、象山が居住し、高杉晋作や多くの志士と議論・密談を重ねたという高義亭も残されています。

調べていると、松代と藤沢に縁があることも分かりました。昭和初期、松代藩の旧藩邸が藤沢市片瀬の龍口寺に移築され、現在も大書院として使われているのです。信州に行かなくても、すぐ近くで真田家の歴史に触れられるのは驚きですね。

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しかし今年はぜひ、真田家の足跡を訪ねてみてください。信州は今、空前の「真田丸」ブームです。

岸 未希亜

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2016年07月22日

外壁工事

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外壁の左官仕上げが終わり、これから濡縁やバルコニーを取り付けます。足場も、バルコニー部分を残して解体されました。完成も間近です。

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2016年07月22日

木工事

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廊下には家具造りの扉付の本棚を造ります。家具屋さんが無垢の木で造る扉や引出しは、工場で丹念に仕上げを施しているので、とても綺麗な仕上がりになります。

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2016年07月20日

木工事

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天井の下地は、野縁という36mmの角材を455mm間隔に入れて、その上に石膏ボードを張ります。仕上げ工事では、ボードの上に壁紙を貼ります。

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2016年07月20日

断熱材

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青くみえるのは、断熱材のスタイロエースです。熱を伝えにくい、水を吸収しない、軽くて丈夫、優れた断熱性などの特徴があります。


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2016年07月17日

地鎮祭

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工事を着手する前に土地の氏神を鎮め、工事の無事と建物や家族の繁栄を祈る儀式です。今回は、普段からお世話になっている地元の神社にお願いしました。小さな砂山に鍬・鋤・鎌入れなどを行い、工事の安全を祈願します。

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2016年07月16日

木工事

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石こうボードを貼るまでは視線が抜けてしまうので、なかなか壁や天井をイメージできませんが、ここまで来ると随分と部屋らしくなってきます。この後の工程で、壁には漆喰が塗られ、天井にはエコロジークロスが貼られます。

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