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2017年09月07日

サッカー日本代表

一昨日に行われた、ロシア・ワールドカップのアジア最終予選「日本vsサウジアラビア」の試合はご覧になりましたか?
「えっ、先週の日本vsオーストラリアじゃないの?」という声が聞こえてきそうですね。勿論、オーストラリア戦もキックオフに間に合うように帰宅して、夕飯を食べながらテレビ観戦しましたが、深夜2時半キックオフのサウジアラビア戦も、しっかりライブ観戦しました。

オーストラリア戦は、普段あまりサッカーを見ない人もチャンネルを合わせるぐらい注目の大一番でした。ご承知のように、試合はオーストラリアの拙攻もあって日本が2-0で勝利し、6大会連続6度目のワールドカップ出場を果たした訳です。

footjp171.jpg 朝日新聞9月1日朝刊より

一方のサウジアラビア戦は、日本にとってはW杯出場を決めた後の消化試合で、放送時間も深夜2時半ですから、見る人がほとんどいないのも当然です。しかしコアなサッカーファンとしては、オーストラリア戦の結果に浮かれることはできません。翌日が水曜日(休み)だったから出来たことですが、日本代表の現在地を確認する必要がありました(笑)

サウジアラビア戦のスターティングメンバーは、オーストラリア戦のような意外性がなく、MFは離脱した長谷部の代わりに柴崎が入って、アンカーの位置には山口という予想通りの布陣。FWはトップに岡崎、左右に原口と本田という実績のあるメンバーでした。底上げのためには、FW杉本、武藤、DF三浦、GK中村など、もっと新しいメンバーを試せば良いのに、と思ったぐらいです。
オーストラリアがタイに勝ったため、サウジアラビアは日本に勝たなければいけない状況となり、6万人の観衆で埋まったキング・アブドゥラ・フットボールスタジアムは完全アウェイの雰囲気です。

前半は、守備で奪ったボールを柴崎が良い位置で受けて前を向く場面が多かったものの、狙いや連係が不十分で決定的なチャンスに至りませんでした。岡崎は大迫のようにタメが作れず、本田は全く良いところが無かったので、岡崎の代わりに大迫、本田の代わりに久保が出ていれば、得点が入っていたかもしれません。
後半になると、選手交代もあってサウジアラビアが攻勢を強め、日本が守勢に回る時間が増えます。DFの吉田が何度か危なっかしいプレーを見せ、川島が左足で決定的なピンチを防ぐ場面もありました。そして後半18分、中央からパスを繋がれて遂に失点。そこから杉本、久保を投入して反撃を試みるも、1点を守りに入ったサウジを前に効果的な攻撃が繰り出せず、そのまま試合は終了しました。

オーストラリア戦しか見ていない人は、「日本は強い」と思ったかもしれませんが、サウジアラビア戦を見た感想は「日本はもろい、このままではダメ」です。最終予選の結果を見ても、A組1位の日本は勝ち点20、2位のサウジアラビア、3位のオーストラリアはどちらも勝ち点19で、たった1点の僅差でした。一つ間違えば3位でプレーオフに回った可能性もあったのです。

footjp172.jpg 朝日新聞9月7日朝刊より

ところで、いつの頃からか日本人の好きなサッカーは、「ショートパスをつないでボールポゼッション(保持率)を高め、ショートパスのコンビネーションで相手を綺麗に崩して得点すること」になっています。ブラジルへの憧れが強かったせいでしょうか、私もそういうサッカー観で育ちました。
しかし、3年前のブラジル・ワールドカップで「自分たちのサッカー」は無残に散りました。今のところ日本には、厳しい圧力を受けても平然とパスを回せる技術・戦術が備わっていないからです。

専門家の間でも議論の的になる話ですが、「日本人の好きなサッカー」と「日本代表に向いているサッカー」は同じではありません。過去を振り返っても、アジア予選ではボールを支配した主導権を握る戦いができても、世界の強国を相手にするとそれができません。結果を残した南アフリカ大会は、組織的な守備からのカウンターが奏功しました。
ハリルホジッチの戦術も、相手にボールをもたせておいて、厳しいディフェンスからボールを奪い、手数をかけずにゴールを狙うというものです。ただし日本には、味方の力を借りずに独りで突破して得点できるメッシのような選手はいないし、これからも出そうにないので、3~4人が絡むコンビネーションを磨くことは必要です。それが、日本の生きる道だと思います。

footjp173.jpg 朝日新聞9月7日朝刊より

ハリルホジッチは、予選を通じてメンバーや布陣を固定せずに戦いました。来年6月の本大会でどんな戦術を見せるか、誰がスタメンを飾るか分からないところも注目です。サッカー好きの人には共感してもらえると思いますが、自分が選ぶベストメンバーを想像するだけでも、楽しいものです(笑)

岸 未希亜

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2017年08月31日

九州の夏休み 佐賀篇

旅行に際して妻からの希望は「温泉に入りたい」ということでした。岐阜県に行く時も同様の希望があり、草津温泉、有馬温泉と並ぶ「日本三名泉」の下呂温泉に行きましたし、箱根や伊豆も大好きです。
九州には別府温泉、湯布院温泉、黒川温泉という人気抜群の温泉もありますが、授業で習うことの多い「長崎」に子供たちを連れて行きたかったので、今回は「日本三大美肌の湯」に選ばれている佐賀の嬉野温泉(うれしの温泉)を選びました。

室町時代から言い伝えられている日本三名泉とは異なり、「日本三大美肌の湯」は日本温泉研究所と温泉評論家の藤田聡さんという人が定義したもので、他の2つは島根県仁多郡奥出雲町の斐乃上温泉(ひのかみ温泉)と栃木県さくら市の喜連川温泉(きつれがわ温泉)だそうです。「にっぽんの温泉100選」というランキング(観光経済新聞社)があるのですが、嬉野温泉こそ毎年ランクイン(2016年度は25位)しているものの、他の2つは毎年ランク外です。そうした知名度の低い温泉でありながら、現代の温泉専門家が選ぶ「三大美肌の湯」であることを考えると、皆さんも行ってみたくなりませんか?

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嬉野温泉ではこの旅一番の贅沢をするつもりで、旅館「萬象閣敷島」に泊まり、少しでも長く過ごすために午後3時過ぎにはチェックイン。妻も娘ものんびり寛ぎモードでしたが、自分はウエルカムデザートを食べてシャワーで汗を流すと、長崎の時のように一人で外出しました。目的地は車で40分ぐらいかかる佐賀県鹿島市の肥前浜宿です。

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ここは「浜中町八本木宿」という醸造町と、「浜庄津町浜金屋町」という港町・在郷町が国道と川を挟んで接していて、そのどちらもが重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)に指定されています。嬉野温泉から近いことは調査済みでしたし、一度に2ヶ所行ったことになる美味しい町並みです(笑)

前者の町並みは、長崎街道多良往還(多良海道)の宿場町であり、塗屋造りの家や土蔵が多く残る醸造町です。佐賀鍋島藩が定めた酒造株仲間制度が明治4年に廃止されると、新しい造り酒屋が増え、最盛期には十数軒を数えたそうです。現在も営業している酒屋がいくつかあり、通称「酒蔵通り」と呼ばれています。昔の写真を見ると、白壁が剥げ落ちた家や電柱・電線がありましたが、2006年の指定から11年が経ち、白壁の補修や電線の地中化が進んで、非常に見応えのある町並みになっていました。

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後者の町並みは、旧多良海道沿いの町並みと、有明海に面した河口の港町(佐賀鍋島藩の外港)としての顔があります。重伝建地区としての範囲は狭いのですが、街道沿いにも、そこから入った小路と水路沿いにも「くど造り」の茅葺き民家が残っているのが特徴です。くど造りとは、茅葺屋根がコの字型になった面白い姿で、佐賀平野では広い範囲に分布しています。

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夏至の直後だったとはいえ、町を歩いたのが17時前後だったので、西日が逆光になったのは残念でした。

町並みを見た後は、予約した食事の時間前に宿に戻り、さっと風呂に入ってから夕食です。個室になっていたので、家族だけでリラックスしながらコース料理を味わいました。

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翌朝は一人6時前に起きて車で外出し、肥前浜宿にも近い嬉野市塩田津の町並みを歩きました。早朝に一人で行動するのは新婚旅行以来かしれません。その時はベネチアのホテルに泊まっていたのですが、ツアーの旅程ではとても町全体を見られないので、薄暗い時間から外に出て一人で歩き回ったのです(笑)

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さて、塩田津も2005年に選定された比較的若い重伝建地区で、改修中の町屋も見られました。ここも長崎街道の宿場町に加え、有明海の干満の差を利用した川港として発展したのですが、塩田川による水害の多発等によって江戸後期から街道が武雄・嬉野方面に迂回し、宿場町としては役目を終えました。しかしその後も川港・商家町としての繁栄は続き、大規模な商家が今日まで残っています。町家の特徴は、入母屋造り妻入り桟瓦葺き土蔵造りの建物で、「居蔵屋(いぐらや)」と呼ばれています。

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商家の裏側には川が流れているのですが、川に向かって敷地が下がっていて、川沿いには広い荷揚げ場があります。多くの物資がここで揚げ降ろしされていたことを、ふと想像しました。

この後、福岡県の大牟田に直行して法事とお墓参りをしました。全員集合とはいきませんでしたが、三世代20人が久しぶりに顔を合わせ、祖父母のことを思いながら、想い出話に花を咲かせました。

岸 未希亜

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2017年08月28日

九州の夏休み 佐世保・有田篇

この日は、長崎市から車で1時間半以上かかる佐世保市のハウステンボスへ行きました。ハウステンボスは1992年に開園し、経営が破たんした後、現在はエイチ・アイ・エスの子会社となって復活したリゾート施設です。開園当時、ここまで大規模にオランダの町や風景を再現するテーマパークに違和感を覚えた記憶はありますが、来るのは初めてでした。実際に足を踏み入れてみると、風車や運河の風景、本物そっくりな町並みは見事と言えば見事で、ディズニーリゾート以上に建築費がかかっていると思いました。

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様々な遊技施設やアトラクションもあるのですが、暑い時期だったので、私たち家族の目的は水遊びです。長女は海上ウォーターパーク(エアマット等で海の上につくったアスレチック:小学4年生以上)で遊びたいというので私が同伴し、次女は妻と一緒に、年齢制限のない水の王国・大プールで遊びました。

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海上ウォーターパークはテーマパークゾーンから外れたヨットハーバーの一角にあり、水深も深いのでライフジャケットを着ます。気を付けていても何度か海に落ちてしまい、しょっぱいやら目が痛いやらで散々でした。

翌日は佐世保港を左に見ながら九十九島(くじゅうくしま)へ。佐世保港は明治22年の開港以来、米海軍が駐留しているため、港には灰色の軍艦が停泊し、横須賀港の雰囲気に近い感じでした。ところが半島を挟んだ反対側は全くの別世界です。九十九島は大小208もの島々が点在する多島群の総称で、「九十九」は数えきれないほど沢山の島という意味です。空も海も青く、ため息の出る絶景でした。

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団体旅行の中国人グループがやって来るのと入れ替わりだったので、絶景をバックに家族写真をゆっくり撮ることができてラッキーでした。踊る授業シリーズ「本能寺の変」で有名なエグスプロージョンはご存知ですか?彼らの動画「地理授業編・九十九島」があるので、興味のある人はどうぞ。

次は長崎県の平戸に行こうとも思ったのですが、時間がかかり過ぎるので断念し、佐世保からも近い佐賀県の有田(ありた)に行きました。約400年前、朝鮮人の陶工によって磁器の原料となる陶石が発見された有田は、日本の磁器発祥の地、日本を代表する磁器の産地として知られています。
町の中にある独立支援工房「赤絵座」で絵付け体験ができるということで、妻子を工房に残して、私は重要伝統的建造物群保存地区に選定されている有田の内山地区を歩きました。

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有田には一度来たことがあったのですが、改めて町並みを見て感心することがありました。それは昭和初期に国道を拡張した際、主屋を後退させたり建替えたりして、姿を変貌させながらも有田らしい町並みを残していることです。他所では国道がバイパスになることで、旧街道が保存しやすくなっている例が多いのですが、ここが磁器の町としていつまでも現役である証と言えます。バス停の地図やトイレの便器も有田焼でした。

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裏の小路に見られるトンバイ塀も特徴です。トンバイ(登り窯を築くために用いた耐火レンガ)の廃材や使い捨ての窯道具を赤土で固めた塀で、焼き物の町である有田らしい景観です。

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ここで有田焼、伊万里焼について簡単に解説します。有田で作られた磁器は伊万里港から積み出ししていたため、有田に限らず肥前(佐賀県・長崎県)の磁器は全て「伊万里」と呼ばれていました。そして陸上輸送になった明治以降、「有田焼」「伊万里焼」と実際の産地で区別されるようになったそうです。

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1650年頃までに作られた「初期伊万里」は、素地が厚く染付(そめつけ)のみの素朴な磁器ですが、1640年代から色絵(いろえ)が始まり、「柿右衛門様式」「金襴手様式」などの装飾的な磁器が生まれました。さらに、中国の政変によってヨーロッパの王国貴族の間で人気だった中国の磁器(景徳鎮)が輸入できない事態となり、オランダ東インド会社は有田で作られた「伊万里」を海外へ輸出しました。有田では国内向けの磁器とは別に、西洋の顧客に向けた磁器も生産され、ヨーロッパで大人気となったそうです。
また、佐賀鍋島藩は「伊万里」の製造技法が流出しないよう、窯場を限定し、代官所を設けて人の出入りを監視しました。さらに将軍家・諸大名への贈答品など、採算を度外視した特別品を製作する藩の御用窯は、情報漏洩を防ぐために有田から山間の大川内山(おおかわちやま)に移して生産。これを「鍋島様式」とか「鍋島焼」と呼びます。
これら江戸期を中心に生産された歴史的、骨董的価値の高い作品を「古伊万里」と呼び、日本だけでなく海外でも高く評価されているのです。私たち庶民には縁の薄い話ですが(笑) つづく

岸 未希亜

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2017年08月14日

九州の夏休み 長崎篇

お盆休み真っただ中ですが、皆様はどちらへお出掛けでしょうか?
私は、子供が夏休みに入ってすぐに休暇を取り、長崎・佐賀・福岡に行って来ました。キッカケは、祖父母の菩提寺がある福岡県大牟田市で、祖父の13回忌と祖母の3回忌を一緒にやろうという、伯父からの呼び掛けでした。私が知っている祖父母の家は福岡市内にあり、夏休みや春休みに何度か遊びに行きましたが、祖父母の故郷であり、私の母も戦後の一時期を過ごしたという大牟田に行くのは初めてのことです。
長女は中学生で部活があり、妻も仕事を休まなければならないので、初めは私一人だけで出席しようかとも思いました。そうすれば、周辺の古い町並みを好きなだけ見て回れる・・・という打算が働いたのは事実です(笑) しかし貴重な夏休みを、一人で3日も4日も取ることは許されないので、家族での参加に向けて舵を切りました。

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中学生の時に「机上旅行クラブ」に入って以来、旅行の計画を立てるのが好きな私ですが、日常に忙殺されて今回はほぼ無計画でした。大まかな行き先と行程を考えて宿泊地を決めたら、宿の予約は妻に任せ、前日夜に荷づくりして慌ただしく出発です。羽田空港の保安検査場では、娘の荷物からハサミが発見され、慌ててチェックインカウンターに戻って預け直しをするハプニング。自分も昔、筆箱に入れっ放しだったカッターで痛い目に会ったことがあり、思わず苦笑い。娘は「刃物は持ち込めない」ことを勉強しました。

早朝のフライトだったので、午前9時半には長崎空港に到着し、レンタカーで市内へ向かいました。高校入学前の春休み以来、長崎に来るのは30年ぶりのことです。最初に訪れたのは坂本龍馬ゆかりのエリアで、まずは坂本龍馬の銅像がある風頭公園へ。

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銅像設置の当初予定地は、古くからの料亭などが残る丸山町の丸山公園だったそうですが、遊郭のあったイメージを思い出させるとの反対があり、長崎港を見下ろす高台に移ったそうです。高知県桂浜の銅像は台座が高くて、頭上高くに龍馬がいましたが、長崎の龍馬は記念写真が撮りやすい高さでした。向かい側には司馬遼太郎「竜馬がゆく」の文学碑もあります。
ここから「龍馬通り」と呼ばれる坂や石段を下りていくと、亀山社中記念館があります。

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亀山社中(かめやましゃちゅう)は、薩摩藩を後ろ盾に坂本龍馬がつくった貿易会社と海軍を兼ねた組織です。薩摩藩や商人から資金を得て、交易の仲介や海上輸送で軍資金を稼ぐとともに、薩摩藩と長州藩の橋渡し役を担いました。やがて幕府の衰退に焦った土佐藩が土佐を脱藩した龍馬に接近し、スポンサーを求めていた龍馬も土佐藩の援助を受け入れ、名称も「海援隊」に改称します。「海援隊」は武田鉄矢のフォークグループ名でもあるので、有名ですね。
8年前から公開されている記念館は、亀山社中の遺構として伝わる建物を長崎市が復元改築したものです。近所には「亀山社中ば活かす会」が運営している亀山社中資料展示場もあるので、龍馬ファンはどちらも見逃せません。私たちは記念館だけを見て帰りましたが・・・

次に訪れたのは出島和蘭商館跡、通称「出島」です。30年前にも来たことがありますが、「ミニ出島」と呼ばれる1/15の模型だけしか記憶にありません(笑) 当時はそれぐらい何も無かったのだと思いますが、現在は昔の建物が多数復元されていて、江戸時代の雰囲気を味わうことができます。

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また、現在の市街地の中に「出島」の形が残っているのが分かるので、外から見るのもお勧めです。今年中には出島と本土をつなぐ表門橋も完成予定で、よりリアルに往時の出島を感じられそうです。

昼は長崎新地中華街に行き、名物のちゃんぽんや皿うどんを食べました。横浜、神戸と並ぶ三大中華街の一つで歴史は最も古いそうですが、横浜に比べると小さな中華街です。娘が「働いている人は日本人だね」と言ったのが可笑しかったです。

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午後はグラバー園に行きました。

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妻も私も来たことがあり、あまり新鮮味は無かったのですが、園内でハート型の敷石を見つけることが流行っていて、二人の娘は熱心に探していました。「ハートの石」は、「二つ見つけるといいことがある」「触れると恋が叶う」等の伝説があり、女子には人気があるようです。

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15時半頃にグラバー園を出てホテルにチェックインしたのですが、このホテルが東山手の重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)のすぐ近くにあることが分かり、ガッツポーズ。偶然とはいえ、妻に感謝です。これを以心伝心というのでしょうか(笑)
ポロシャツも下着も汗でびっしょりだったので、シャワーを浴びて着替えると、妻子を残して一人で散策に出掛けました。

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30年前もオランダ坂に来た記憶はありますが、当時(1986年)は重伝建地区になる前(1991年選定)でしたし、町並みの知識も無かったので、これで堂々と「長崎の町並みを歩いた」と言えます。

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東山手の町並みを抜けると、グラバースカイロードという斜行エレベーターがあり、谷の部分から山の上のグラバー園の近くまで一気に上がれます。グラバー園を含む南山手地区も重伝建地区になっているので、先ほど来たグラバー園には目もくれず、古い家や路地を見つけては嬉々として歩きました。

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グラバー園の横にある大浦天主堂は、現存する日本最古の木造教会で国宝にも指定されています。しかし拝観時間が終わるところだったため、外から見ただけでホテルに戻りました。

翌日はまず、日本二十六聖人殉教地・記念館を訪れました。日本二十六聖人とは、豊臣秀吉の命によって長崎で処刑された26人のカトリック信者のことです。京都で宣教活動をしていた司祭や修道士と日本人カトリック信者が捕えられ、京都から長崎まで連行された後、この地で十字架に架けられました。この痛ましい出来事は、日本よりもヨーロッパにおいてよく知られ、殉教した26人はローマ教皇によって1862年に聖人の列に加えられます。そして1962年、列聖100年を記念して日本二十六聖人記念館と記念碑「昇天のいのり」が建てられました。

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記念碑にはめ込まれている、二十六聖人が横に並ぶブロンズ像は圧巻です。記念館に展示されている絵や手紙などの資料からも感じますが、殉教の壮絶さは想像を絶するものだと思いました。

記念館と記念聖堂(聖フィリッポ教会)の設計は、建築家の今井兼次です。記念館は鉄筋コンクリート造のモダニズム建築ですが、外壁に陶片やタイルが埋め込まれたモザイク画が目を引きます。内部も教会建築のような荘厳な雰囲気があって見事な建物でした。

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一方の記念聖堂は、ゴツゴツした2本の塔がにょきっと立つ、モダニズムとは対極をなす建築です。アントニオ・ガウディの建築を彷彿とさせますが、今井はガウディを日本に紹介した草分けであること、26聖人のうち4人はスペイン人であることから、この少し不思議な建築が生まれたと思われます。

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今井兼次は寡作の建築家でしたが、早稲田大学の教授だったので、授業等で名前や作品を知る機会がありました。日本二十六聖人記念聖堂は一度見てみたいと思っていたので、来られて良かったです。

この日は、長崎市内から車で1時間半以上かかるハウステンボスへ行きました。ここも長崎県なのですが、後半の「佐賀篇」でレポートします(つづく)

岸 未希亜

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2017年06月02日

今週のお花

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今日も快晴で暑いですね。この時期は運動会シーズンです。今週末も晴れそうで良かったですが、ここまで気温が高いと熱中症の方が心配です。水分はこまめに取り、運動会が良い思い出になるよう全力を出し切って、頑張ってください。

毎週末変わるコンセプトハウスのお花も、毎日花瓶の水を変えるのですが、この暑さではさすがに花が持ちません。
そこで今週から玄関には造花を、リビングにはプリザーブドフラワーを飾ることにしました。
プリザーブドフラワーってご存知ですか?
生花や葉を特殊液の中に沈めて、水分を抜いて作ったものです。
プリザーブドフラワーの長所は、水を与える必要がない、生きた植物と比べても遜色のない、瑞々しい質感と柔らかさがある、花粉アレルギーの心配が無く、病院での見舞い花としても使い勝手が良い、結婚式のブーケを挙式後にプリザーブドフラワーにして記念に残すなどなど、、、

日々進化している技術により、プリザーブドフラワーも造花も、生花と間違えてしまいそうな出来栄え。昔は、いかにも造花という花しかありませんでしたが。こんなことを書くと私の年を自分でばらしているようなものですね。

「今週のお花」のブログも、涼しくなるまで暫くお休みです。
今年も猛暑になるようですので、体調を崩さないよう気をつけて、また秋にお会いしましょう。

何時もブログを読んでくださって、有難うございました。

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2017年05月28日

僕の原点は関西にあり!

湘南と聞いて、とても大きな大海原をイメージ。サーフィンや江の島。自然豊かな鎌倉。砂浜には美女が...

申し遅れました!この度、神奈川エコハウスへ新入社員として参りました、東駿貴(アズマ トシキ)と申します。新天地、神奈川県を舞台に建築士の卵として、京都から渡って参りました。


"ボクがこの会社を選んだワケ"


s_s_FullSizeRender.jpgあらためまして、こんにちは!神奈川エコハウス 住宅事業部の東です!関西地方、京都より参りました!
関西区間に住んでいながらも、どうしてココを選んだのか...

工務店なんて日本全国、それどころか身近な地域に存在しています。京都に住んで京都の大学に通って、はるばる関西から関東に。それこそ京都だって伝統工芸や日本の文化に身近で、建築をやる分にはとっても刺激になることばかり。


そうなんです。京都もすっごくいいんです...笑


しかし僕自身、建築力の成長ともう一つ、人としての成長も目標にあります。それは周りの人間をどれだけ幸せにできるか。訪れるお客様に、来てよかった、会えてよかった、と思える人材になること。

神奈川エコハウスは熟練の経験を積み重ねてきた技術者の集合体です。最高の技術チームの中に新卒の自分が混じり、たくさんの刺激と人と出会う中で、自分の成長につなげられる。こう確信し、入社を決意しました!


"学生時代のあずまとは?"

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僕の出身は兵庫県の相生市!工務店で働く両親の姿をみながら育ち、建築士を取るために京都建築大学校へ進学。写真は、大学の卒業設計で製作した小学校です!
二十歳で二級建築士を取得し、就職活動を展開しました!


s_IMG_9452.JPG学生時代といっても、つい最近までだったので気持ちはまだ大学生です!笑
建築士試験の勉強、研究室での生活、これが一番の思い出ですね!

先生も混ざって、みんなで祇園祭り!

コンペの打ち上げでOBも交えて飲み会!

誕生日のメンバーがいたら、みんなでサプライズ!

賑やかすぎて財布にも影響が及ぶ研究室でした!

周囲の友達は、みんな建設業の世界で活躍しております!そんな恵まれた大学で念願の建築士を取ることができたこの場所は、僕にとって大きな原点となりました!たくさんの先輩後輩、一緒に学んだ仲間たち、人脈は最高の財産です! 

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いかにも!って感じ!笑↑


"出会える人、一人一人に感謝"

出会う業者さん、職人さん、みなさんからよく言われます。

"若いね!"


そうです、今の自分は若さだけが取り柄!仕事なんてすべて初めてのことばかりで、何にも知りません。
だったら元気なあいさつと誠実な応対で顔と名前を覚えてもらう。元気は若さの特権。これだけは常に意識していますね!

これからは現場での仕事が中心。たくさんの職人さん、施主様、そして一緒に働くスタッフの皆様へ常に感謝の想いをもって、成長していこうと決意しております!

楽して生きてこれたのは昨日まで
勝利することで全てが報われる

発想は柔軟に

行動は大胆に


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2017年05月21日

多くの笑顔のち寝顔

今年のゴールデンウィークは最大9連休となり、5/3~7は多くの人が5連休だったかと思います。そんな大混雑が予想される中、今年も友人家族とキャンプに行って来ました。昨年までは3年続けて山梨県早川町のキャンプ場に行きましたが、今年は群馬県長野原町北軽井沢のキャンプ場です。

高速道路の渋滞は5/3が下りのピークということで、案の定、中央道に合流する手前から圏央道は渋滞です。八王子JCTを過ぎると流れは良くなりましたが、関越道に合流する鶴ヶ島JCTと関越道も渋滞していたので、途中で一般道に下り、都内から一般道で来ていた友人家族2台と合流しました。渋滞の切れた花園ICから関越道に乗るも、その先の渋滞を避けて中里SAで再び一般道に下り、富岡ICから改めて上信越道に乗るという小刻み走行は、まずまず成功でした(笑)

今回訪れた「北軽井沢スウィートグラス」は、3万坪もある浅間高原の広大な敷地に、様々なタイプの宿泊施設や遊び場が用意されていて、普通のキャンプ場とは違っています。私たちは「ファイヤーサイドコテージ」という薪ストーブ付きのコテージに宿泊したので、テントを張って寝袋で寝るのではなく、お風呂やトイレも付いていて非常に快適でした。

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室内にミニキッチンと冷蔵庫があり、食材の保存や食事の下ごしらえもしやすくなっています。デッキにはBBQコンロがあるので、炭を使って火を起こし、定番の焼肉や、友人が家で仕込んで来てくれた焼き鳥を焼いて食べました。また、丸ごと一羽の丸鶏と野菜をたっぷり入れた鍋は、1時間かけてじっくり煮込み、美味しそうな出来上がりに(実際に美味でした)。

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子供たちの遊び場もいろいろあります。予約制のトランポリンがあったり、ツリーハウスのような小屋をブリッジで渡り歩くことができたり、落書きのできる黒板や幾つかの遊具もありました。私たちは柔らかいボールとバットを持って来ていたので、多目的広場で青空バッティングセンターを楽しみました。

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また、車で少し奥に入った「ルオムの森」という森林リゾートに「スウィートグラスアドベンチャー」がありました。自然の地形や樹木を活かして、森の中につくられた大規模なアスレチックコースで、以前にこのブログでお伝えした「フォレストアドベンチャー・小田原」の仲間です。小田原はディスカバリーコース(小学生以上かつ身長110cm以上)のみでしたが、ここはアドベンチャーコース(小学4年生以上または身長140cm以上)とディスカバリーコースの両方があり、妻と長女は友人母子とアドベンチャーに挑戦。私は次女と友人の子供の保護者として、ディスカバリーに挑戦しました。

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小田原のコースは、ジップスライド(高い木の上から滑車を使って長い距離を滑り降りるアトラクション)が8つもあって爽快でしたが、北軽井沢のコースは高所での移動アトラクションが多く、大人でも少し怖かったぐらいです。背の低い子供にとっては捕まるところがなく、命綱を両手で握りしめながら、一歩ずつ恐る恐る足を出す姿がとても健気で、胸が締め付けられる想いでした。

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3日目、軽井沢の中心部は混んでいるということで、友人お勧めの軽井沢アイスパークに行きました。ここは国際レベルの大会も可能な通年型のカーリング場で、国内最大級の施設です。

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カーリング初心者向けの体験レッスンもありましたが、GW期間中はすぐ隣りの屋外スケートリンクで子供向けイベントが開催されていたので、そちらで遊びました。冬はスケートリンクですが、夏はローラースケート場とフットサルコートとして利用される施設で、この日はフットサルコートの半分はミニテニスができるように改良され、他にもトランポリン等の遊具が置かれていました。リンク部分は様々な自転車や一輪車、スケートボード等が用意され、子供たちはぐるぐる回って遊んでいました。

さて、帰りも関越道は大渋滞だったので帰る時間を遅らせました。さらにサービスエリアで時間を調整して、渋滞が35kmから24kmに減ったところで再出発し、深夜0時過ぎにようやく帰宅。後部座席で熟睡している子供が羨ましく感じられた、GWのお出掛けでした。

岸 未希亜

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2017年04月20日

春休み2017 後篇

3日目の午前、家族が友人宅で寛いでいる間に、一人で近くにある建築物を見に行きました。一つは「常滑陶芸研究所」です。この建物は、伊奈製陶株式会社(後のINAX、現LIXIL)の創業者、故伊奈長三郎が資金を出して建設したもので、設計は建築家の堀口捨巳(ほりぐちすてみ)です。

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堀口捨巳はモダニズムの建築家であり、日本建築や茶室の研究者としても知られています。堂々とした外観は、コンクリート打ち放しのモダニズム建築そのもの、と思いきや、近付いてよく見ると淡い紫色のモザイクタイルが貼られ、下の方は濃い紫色にグラデーションしていました。エントランスにも紫色のガラスブロックが使われていたりして、自分が抱いていた堀口捨巳のイメージと違って驚きました。建築家や建築を学ぶ学生らが度々見学に来るそうですが、一般の方が足を運ぶことは少ないでしょう。

もう一つはINAXライブミュージアムです。こちらの方が一般には知られた施設で、駐車場には車がいっぱい停まっていました。

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広い敷地に、世界のタイル博物館、窯のある広場・資料館、建築陶器のはじまり館、土・どろんこ館、陶楽工房などの建物があって、施設を見学したり、陶芸やタイルに親しむことができます。以前にも一度来たことがあるのですが、その時は無かった「建築陶器のはじまり館」と「テラコッタパーク」が面白かったです。

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近代建築の装飾に使われた実際のテラコッタが展示してあるのですが、横浜松坂屋本館(1934年)のテラコッタは、鉄筋コンクリートの梁ごと切断してあって迫力満点でした。

それでは、途中で立ち寄った「渋い観光地」を紹介します。往復に利用する高速道路(東名または新東名)から行きやすい名所を探し、初日に訪れたのが、愛知県東端部の新城ICから近いこの場所です。小学校の歴史で誰もが習う有名な所ですが、この写真でどこか分かりますか?

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馬の侵入を防ぐ馬防柵(ばぼうさく)が再現されているので、ピンと来た方もいると思いますが、正解は「長篠の戦い」古戦場跡です。ちなみに現地の資料には「設楽原(したらがはら)決戦場」「長篠設楽原の戦い」と表記されていますし、新東名高速道路のパーキングエリアも長篠設楽原PAです。設楽原は小川に沿った谷間の丘陵地で、私が想像していたような広い草原ではありませんでした。

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「長篠の戦い」と言えば、3000丁の鉄砲を用意した織田・徳川連合軍が、鉄砲隊を1000人ずつ3隊に分けて三段撃ちを試み、武田勝頼率いる騎馬隊を撃破したというのが通説です。しかし、史実や歴史家の考察はこの通説を「疑わしいもの」としているようで、正に「諸説あり」のようです。

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それでも約440年前に、織田信長、徳川家康、武田勝頼らがこの地で戦い、真田昌幸の兄2人(信綱・昌輝)がここで命を落としたことは間違いなく、歴史の重要な場所に立っていることは不思議な感覚でした。娘たちにも、歴史が少しは身近に感じられたと思います。

次に訪れたのは、近くにある「阿寺の七滝(あてらのななたき)」です。国の名勝、天然記念物に指定されているほか、「日本の滝百選」にも選ばれています。

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素朴な駐車場に車を停めて15分ぐらい歩くのですが、観光地らしい整備された歩道ではなく、自然な山道を歩く感じで良い雰囲気でした。本当に滝があるのか不安になる感じもありましたが、やがて道の突き当たりに滝が現われます。大きな滝ではないのですが、崖に沿って七段の滝になって流れ落ちているため、糸を引いたような美しさがありました。

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日本の滝百選は、日本全国から応募があった527滝を厳選して、1990年に選定されたものだそうです。リストを見ると名前を知っている滝は幾つかあるものの、滝にはあまり縁の無い私ですので、実際に見たことがあるのは日光の「華厳の滝」だけでした。ちなみに神奈川県では早戸大滝(相模原市)、洒水の滝(山北町)の2滝が選ばれていますので、新緑の季節に行ってみてはいかがでしょうか。

他に、往路では新城市大野(旧鳳来町)の町並み、復路では豊田市足助(旧足助町)の町並みを歩きましたが、長くなってしまうので、また別の機会にします。

岸 未希亜

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2017年04月12日

束の間の花見

昨年は暖冬の影響で、関東地方の桜はなかなか満開を迎えませんでしたが、今年は開花そのものが遅かったような感じですね。先週末も天気が悪く、お花見を企画していた人にとっては残念な週末になりました。私は会社の中で過ごすことが多いので、桜を見るのはランニング通勤途中の河川敷ぐらいですが、会社の近くを流れる引地川河川敷の桜も満開になり、とても綺麗です。

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しかし先日、打合せのために鎌倉へ行った時、近くにあるお寺の、立派な山門の向こうに桜が咲いていたので、ふらっと中に入ってみました。

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ここは浄土宗の七大本山の一つである光明寺です。浄土宗は法然を開祖とする鎌倉仏教の一つで、総本山は京都市東山区にある知恩院、東京都港区芝公園にある増上寺も七大本山の一つです。
光明寺は、江戸末期に建てられた大きな山門にまず目を奪われるのですが、山門が近づくにつれて柱と柱の間から見える景色に目が行きます。私も門の前まで来て、境内に咲き誇っている桜に気が付きました。

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小雨混じりの天気だったため、桜の色も少し沈んだ色に映りましたが、晴れの日に見れば鮮やかな薄ピンク色に包まれて、さらに綺麗なことでしょう。僅か10分間の花見でしたが、心が洗われるひと時でした。

岸 未希亜

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2017年04月06日

春休み2017 前篇

子供の春休みに合わせて休暇を取り、愛知県常滑市に行って来ました。
第一の目的は、妻の親友が暮らす新居を訪ね、2泊してのんびり過ごすことです。第二の目的は、もちろん子供たちを楽しませること。そして漸く三番目に私の希望を入れてもらい、渋めの観光地を幾つか見て来ました(笑)

常滑市は陶芸(常滑焼)とタイル(INAX)で知られていますが、近年は中部国際空港セントレアが有名です。藤沢から常滑までは、新湘南バイパスから新東名高速道路を挟んで知多半島道路を使うと、非常にスムーズに行けます。朝6時過ぎに出発して8時頃に藤枝PAで朝食をとり、途中で「渋い観光地」に寄り道しましたが、それは後篇でまとめてお伝えします。
そして16時頃には、親友の家に到着しました。木造の建物ですが、外壁にタイルが貼られているので重厚感があり、見るからに豪邸です。

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中央にはビルトインガレージがあり、木製シャッターと左官仕上げの壁が印象的です。タイルや土の仕事をしているご主人は、著名な左官職人の久住有生(くずみなおき)さんと知り合いで、この壁はそのカリスマ職人が手掛けたものです。一見すると要塞のような家ですが、タイルや左官の表情に温かみを感じました。

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室内はさらに見どころ満載です。リビング空間の広さ、全面窓の開放感、モダンな空間と家具、そして広々としたアイランドキッチンがあり、建築雑誌を見ているような雰囲気です。随所にタイルが使われていたり、和室にも久住さんの左官壁があって、常滑らしい素材感もありました。

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また、天井からスクリーンと映写機が下りて来て、テレビや映画が見られるようになっていて、娘たちは大喜びでした。自分が設計する家とは違い過ぎて、逆に面白かったです。

2日目。妻は親友と話もしたいし、ゆっくり過ごしたいということで、私が親友の娘2人とウチの娘2人を連れ出すことになり、三重県桑名市にあるナガシマスパーランドに行って来ました。子供たちが行きたがっていた遊園地なので、彼女らは大喜びですし、妻と友人も大喜びです(笑)

神奈川県に住む私たちには馴染みのない「ナガシマスパーランド」ですが、絶叫マシンが好きな人にとっては「東の富士急ハイランド、西のナガシマスパーランド」と呼ばれるぐらい有名な遊園地です。

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伊勢湾岸自動車道を西進し、名古屋港を過ぎて三重県に入ると、もの凄い規模と数のジェットコースター(正式にはローラーコースター)が左前に見えて来るのですが、思わず脇見運転をしてしまいそうな迫力でした。
中でも一番凄いコースターが、「スチールドラゴン2000」です。

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最高部高度97m、最大落差93.5m、最高速度153km/h、コース全長2479mは、いずれも2000年開業当時のギネス世界記録だったそうです。ファーストドロップと呼ばれる最初の絶叫ポイントは、97mの高さと93.5mの落差、傾斜角68度の信じられないコースで、下から見上げただけでも身の毛がよだちます。

また、日本初上陸の4Dスピンコースター「嵐」が、この3月に新登場ということで、長蛇の列にもかかわらず、娘たちは乗車しました。ジクザグに折れ曲がるコースを、レールから横にはみ出した座席が、前後に回転しながら下りてくる不可思議な乗り物です。

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ところが、今週(4月3日)その「嵐」が、地上30mの高さで緊急停止するという事故が起きました。行ったばかりだったことに加え、このブログを書くタイミングと重なった偶然に驚きましたが、15分間も宙づりになってしまった乗客は、さぞ怖かっただろうと思います。

木製コースターでは日本最大の「ホワイトサイクロン」も威容を誇っています。最高部高度42.4m、最高速度102km/h、コース全長1700mという数字もさることながら、白い木製トラスの美しさが目を引きました。すぐ隣の大観覧車から全景を見ることができますが、大き過ぎて画面に収まりません。

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また、大観覧車は高さが92mもあって、遥か遠くまで見渡せるのですが、前述の「スチールドラゴン2000」の最高到達点97mの方が高いということを知ると、改めて驚愕しますね。

とまあ、絶叫マシンのレポートを展開してきた訳ですが、実は私自身は一つも乗っていません。絶叫マシンが大好きな長女には、同じ新中学1年生と新5年生の友人姉妹と別行動をしてもらい、私はキッズタウンで次女と一緒に優しい乗り物に乗ったり、ふわふわドームで娘が遊ぶのを見ながら穏やかに過ごしていました。

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次女が大きくなって絶叫マシンに乗りたいと言い出したら、もう逃げ場がありません(笑)

岸 未希亜

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2017年03月21日

卒業式

3月は「卒業」の季節です。先週は小学校で卒業式があり、私の娘も小学校を卒業しました。

卒業式では、前の席を取るために朝から並ぶ人が多いということでしたが、「早くから並ぶのは勘弁して」と言ったところ、思いっきり妻と娘の不評を買いました(笑)実際、早くも遅くもない時間に行ったのですが、確かに行列は出来ていたものの、そこそこ良い席を確保することができたので、ほっとしました。

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幼稚園の卒園式はここ6年で2度経験しましたが、小学校の卒業式は自分が卒業して以来です。現在、中学生や高校生のお子さんがいる方はご存知だと思いますが、「昭和の卒業式」と違うところが幾つもあって驚きました。昔の記憶が鮮明な訳ではありませんが、比較して見ていきます。

まずは座席のレイアウトです。昔は壇上で卒業証書を受け取り、校長先生も壇上で話をするのが普通だったと思いますが、これが全く違いました。
体育館の側面に演台を置き、その左右に教員と来賓の座席が用意されています。中央は広く空けておいて全体で「ロの字」になるように、卒業生は演台の反対側に横に広がって並び、在校生(5年生)は壇上を背中に、そして父母席は在校生の向かい側に配置されていました。

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卒業生以外の全員が着席すると、卒業生が壇上から一人ずつ下りて来て、父母席の近くまで来てから自分の席へ向かいます。これは観客(父母)を意識した演出だろうと思いますが、さながらコレクション(ファッションショー)のモデルのようで、見ている方も照れ臭かったです。

「卒業証書授与」の際には、証書を受け取る前に、卒業生が一人ずつ想いを言葉にして発表することになっており、演台の手前にはスタンドマイクが用意され、父母席に顔を見せて話しかけていました。将来の夢を語る子もいれば、中学生活への意気込み、両親への感謝など様々でしたが、「上手いこと言うな」と感心するメッセージもあって、思った以上に楽しめました。

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壇上に登って証書を受け取る方式では、わが子の後ろ姿しか見えませんので、演出過多だなとは思いつつ、親にとってはありがたい方法だと思います。

「呼び掛け」は、私が小学生の時もありました。6年間の想い出を台詞にして、卒業生が大きな声で発表するアレです。「グループで悪戦苦闘、鎌倉めぐり」、「みんなで団結した最後の、運動会」等、耳に残るフレーズが多くて、生徒にとっても記憶に残るイベントだと思います。

個人的に一番注目していたのは「卒業ソング」です。埼玉県の中学校教員が作曲、同校長が作詞したことで知られる「旅立ちの日に」が、最近の定番ソングとも言われていますが、この日に歌われたのは「さよならは言わない/作詞作曲:若松歓」という曲でした。これも心に残る曲で、しみじみとした気持ちになりました。

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それに対して5年生も、立ち上がって卒業生に言葉を贈った後に、「明日へつなぐもの」を歌いました。
さらに卒業生が5年生を励ますメッセージを送った後、秦基博の「ひまわりの約束」を歌いました。これは映画『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌なのでよく知られている曲ですが、歌詞もメロディも非常に響くものがあり、涙腺を緩くする良い選択でした(笑) 目を赤くしているお母さんも多かったです。

卒業生のほとんどが同じ中学に進むので、娘はケロッとしていましたが、子供の成長や節目の行事などを目の当たりにすると、自分の子供時代を思い出し、つくづく親の有難みを感じますね。

岸 未希亜

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2017年02月10日

スーパーボウル

久しぶりにスポーツの話題を書きます。
今週、全米で最も注目されるスポーツイベントがあったのをご存知ですか?それは、NFL(ナショナル・フットボールリーグ)の王者を決める第51回スーパーボウルです。反発力の強い、あのカラフルなゴムボールのことではありませんよ(笑)

私はスポーツ全般が好きなのですが、NFLは大学生の頃から好きでよく見ていたので、日本人の中では詳しい方だと思います。そもそも、アメリカンフットボール自体が日本人に馴染みのないスポーツなので、ルールの分からない方も多いでしょうし、逆にルールが分かり難くてスルーして来た方もいることでしょう。
簡潔に言えば、楕円形のボールを相手陣地奥にあるエンドゾーンへ運ぶ(タッチダウンを奪う)競技ですが、主なルール・特徴はこんな感じでしょうか・・・

・約90m×約50mのフィールド(サッカーより一回り狭い)で11人対11人が戦う
・攻撃と守備の時間が明確に分かれ、攻撃専門チームと守備専門チームがいる
・1回の攻撃が終わるとプレーが中断し、再びセットした状態から攻撃するため、作戦・戦術が複雑
・味方に守られ、パスを投げたり味方を走らせるQB(クォーターバック)が王様のような存在感
・4回の攻撃で10ヤード(9.1m)前進することを繰り返す。しかし3回で10ヤード進めない時は、基本的に4回目の攻撃でパントキックを蹴り、相手の攻撃を相手陣深くから始めさせる

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野球を除く他の球技(サッカー、ラグビー、バスケットボール、バレーボール、テニス等)は、基本的に攻守が入れ替わるのが当たり前で、それがスリリングな展開を生む訳ですが、アメリカ人は明確に攻撃と守備が分かれ、作戦を立てやすい野球やアメリカンフットボールが好きなのでしょうね。

話をスーパーボウルに戻します。
今年は、ニューイングランド・ペイトリオッツVSアトランタ・ファルコンズの対戦。QBトム・ブレイディの入団2年目、2001年シーズンのスーパーボウル(2002年)で優勝したペイトリオッツは、以降16年間で地区優勝14回、スーパーボウルに7回出場し、今回で5回目の優勝を狙う超強豪チーム(スーパーボウル通算出場9回は史上最多)。対するファルコンズは、過去3シーズンプレイオフ(地区優勝かそれに準ずる成績)に進出できなかった発展途上のチームで、スーパーボウルは2度目の出場です。

しかし意外にも、試合はファルコンズが攻守に優勢で、3Qでは一時25点差の大量リードを奪いました。優勝を手中に収めたかのような雰囲気でしたが、ここからブレイディを中心としたペイトリオッツのパスオフェンスが冴え始め、徐々に点差を詰めたところで、勝敗を左右するビッグプレーが生まれます。
それは4Q残り2:28で迎えた1stダウンの攻撃。QBブレイディが投げたパスをファルコンズの選手が手で弾き、ふらふらっと上がって落下したボールに、3人の選手が飛び込んだシーンです。

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ボールを弾いた選手も含めて、守備側ファルコンズが3人いるのに対し、攻撃側ペイトリオッツは1人だけ。ファルコンズがボールを拾えば「ターンオーバー」といって攻撃権が入れ替わり、逆転の可能性がほとんど消滅する場面でした。しかしペイトリオッツのWR(ワイドレシーバー)エデルマンは、曲芸のような手さばきでボールを拾い上げ、ピンチを防ぐどころかチャンスを広げたのです。これには鳥肌が立ちました。

流れを渡さなかったペイトリオッツは、8点差を追いついて同点で試合終了。スーパーボウル史上初めてのオーバータイム(延長線)に突入します。そして、先にタッチダウンを奪ったペイトリオッツが見事に5度目の優勝を飾りました。
また、ブレイディは17シーズン目、39歳の大ベテランですが、まだまだ衰えを見せない活躍で4度目のMVPを受賞。どうしてもMVPにはQBが選ばれることが多いのですが、今回の受賞には納得です。

他にもスキージャンプでワールドカップ52勝を達成した高梨沙羅、テニス全豪オープン制覇のロジャー・フェデラーについても書きたい今日この頃です(笑)

岸 未希亜

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2017年01月24日

山内龍雄芸術館の展覧会

山内龍雄芸術館で2度目の展示替えがありましたので、皆様にご案内します。今回のテーマは「不変の存在 画家の描いた上尾幌(かみおぼろ)」で、会期は1月15日から3月31日です。

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山内龍雄芸術館は、2013年の12月に生涯を閉じた画家・山内龍雄の作品を常設する展示施設で、当社が設計施工を行い、2016年春にオープンしました。1年前のブログで完成見学会の案内をしていますので、詳しくはこちらをお読みください。

建物が完成してから1年が経過したので、先日1年点検に伺いました。来場者はもちろん絵を見に来ている訳ですが、館長の須藤さんにお聞きしたところ、建物の評判も良いとのことで、私たちも安心しました。

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開館日・開館時間は、金・土・日・月曜日と祝日の12:00~17:00で、入館料は大人500円・学生250円(高校生以下無料)です。
詳細は山内龍雄芸術館のHPをご覧ください。過去の展覧会内容も出ています。
http://www.yamauchitatsuo.net/

まだご覧になったことのない方は、ぜひ足を運んでみてください。

岸 未希亜

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2017年01月22日

社長ブログ その2

昨年の12月に「当社の強みを生かした家づくり」と題した社内全体会議を開催するにあたり、前段階として、小グループごとのミーティングを数回開催しました。
それぞれのグループ内にて討論を重ね、まとめ、代表者が社内全体会議にて発表し、全員で討議しました。討論に際しては、「ハーバードビジネススクールが教える顧客サービス戦略」が基本書に設定され、目を通してから討論に臨むのが望ましいとされました。(この本は、原則1として「すべてが最高」には無理がある。自社の顧客がどういう人たちで、現実に何を求めているかを深く掘り下げて考えて、判断を下す必要があるとするものです。

これは、自社の強みを探り、明確にし、それに評価を下さるお客様といかにめぐり会うかに焦点を絞っていく、ということでもあると考えます。そのためにも、まずは自社の強みを探し、再確認し、社員全員が共通の認識を持つことが重要になります。
加えて、これらの強みに更なる工夫を施し、磨き上げていくとともに、外部の方々に理解していただけるように具体的に情報発信していくことが大切になります。当社は可能な限り、契約されたお客様よりアンケート協力をいただいておりますが、これらのご意見も最大限参考にさせていただきました。

その結果、品質面の強みとしては、構造・断熱といった基本性能が高く、安心感・安定感が大きく、自然素材系の材料を多用することに相まって、住んでみると空気質の違いが分かる、安らぎを体感できるといった意見が多く出ました。構造材ばかりでなく内装材に至るまで、神奈川県の木を中心とした国産材を多く使い、これを志の高い熟練技能者の手にかけることにより、工芸品とも呼ぶべき家に仕上がっている等々。
デザイン面としては、建て主の要望を受け止めつつも、それにプロとしての知見を加えた提案ができ、このことが評価されるケースが多いこと。普遍的な価値の追求をベースとしながらも、オリジナリティー、新しさの導入が感じられる、等々が強みとされました。
組織面・その他の強みとしては、湘南・横浜という魅力的な地域が地盤であり、文化的素養の高い、豊かなお客様が多く、当社の家づくりの思想に対する理解が得られやすい。法人として30年を越える実績、OBのお客様も1000棟に迫り、案件紹介が多い。20年を超える勤務年数の長いベテラン社員が1/3以上をしめ、組織の安定度に寄与している。経営が堅実であると評価されている(多くの利益を計上している訳ではないが、着実に黒字である。ということは、良心的な商いをしているということである)、等々が挙げられました。

このような恵まれた地域において、恵まれたお客様に囲まれながら、具体的な達成感とお客様からの"ありがとう"の声に励まされながら"家づくり"を仕事としている我々は、現代社会において稀有な存在かもしれません。しかし、このような会社が多く存在できれば、"仕事"に喜びと誇りを感じられる働き手が増える世の中になると考えます。そのためにも、当社らしい"家づくり"を続けていきたいと考えます。
 

代表取締役  下平 勇

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2017年01月12日

冬休み

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
年末、家族旅行で伊豆に行って来ました。一年前も伊豆に行っており、ブログで「西伊豆」の紹介をしましたが、今回は温泉に入ってのんびりするだけだったので、旅行記を書くような観光はしていません。娘たちが卓球にはまったので、合わせて2時間ぐらいホテルで卓球をしていました(笑)

2日目に泊まったのが天城高原のホテルです。天城高原は標高が900mを超える高地のため、富士山までの視界を遮るものありません。部屋のバルコニーから見える景色がこれです。

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夕方になると空が霞んできて、そこに西日が当たって幻想的な風景になりました。

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翌朝になって外を見ると、辺り一面が真っ白の銀世界です。「伊豆で雪?」と思いましたが、標高が高くて気温が低いため、雪が降るのだそうです。後で調べたら「スタッドレスタイヤまたはタイヤチェーン等のご準備をお願いします」と書いてありました。しかし昼前には駐車場も道路も雪が溶けていたので、幸い、普通に帰ることができました。

正月は実家で、母や弟家族と会うことになっていましたが、甥が風邪をひいてしまったので、弟と姪の2人しか来られませんでした。それでも久しぶりに母を囲んで話をしたり、初詣に行きました。

3日は、母校である鎌倉高校に行ってきました。サッカー部の初蹴り(新年最初の活動日)があったためです。

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最近は年に3回ぐらいフットサルをするのが関の山で、広大なフィールドでサッカーをするのは2年ぶりかな・・・。大学生や20代の若いOBが多かったので、残念ながら出番は少ししかありませんでした(笑)

休みの最後は、娘とその友達を茅ヶ崎市の里山公園に連れて行きました。

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いつもの週末は仕事があって相手をしてあげられないため、お友達のお父さんに連れて行ってもらったり、妻が相手をしてくれています。こんなに近くにあるのに、私自身は里山公園に来たのも初めてでした。

そんな冬休みが終わり、すっかり日常に戻りました。1~2月は完成見学会や建物のお引渡しが多く、またエアサイクルグループの視察研修があるため、その準備もあります。すでにアースデザインオフィスの仕事も2件入っているので、非常に忙しいスタートになりました。今年も1年、健康に気を付けて頑張ります。

岸 未希亜

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2017年01月09日

社長ブログ その1

 法人の目的としては、第一にどのような財を生産するのか、あるいはどのようなサービスを提供するのかがあります。また一方、それらの過程において、その法人に携わる社員を中心とした関係者が、どのような仕事の仕方をするのかも大変重要なことです。

 昨今の経済情勢を見ますと、労働時間の短縮が大きな目標とされ、その重要性は論無しであるものの、その実現のために過大な効率性が要求され、結果、従業員をかえって苦しませてしまうような、超ストレス状況の現出を招いていることもあるようです。

 19世紀イギリス、ヴィクトリア時代を代表する評論家・美術評論家のジョン・ラスキンの思想について、経済学者の都留重人さんが紹介しています。それによると「ラスキンは、"労働"と"仕事"を区別し、"労働"は、努力するのに苦痛を感ずるところのネガティブな活動量であるのに対し、"仕事"は、人体の最も美しい行動、人間的知性の最高の成果にほかならぬとした」そうです。そしてこの観点から、機械の過度の使用にはあまり賛意を示さなかったともいいます。現代の我々をめぐる社会情勢のなかにおいて、機械やソフト・ハードの情報ツールを使わずに生存するのはほぼ不可能であり、供給者側に身を置いている時には、人々は"仕事"をしているというよりも、"労働"をさせられていると感じる局面も多いのかもしれません。

 さて、当社の社員および技能者集団は、「家づくり」という"仕事"をさせていただくことにより生計をたて、世に存続意義を問うている訳ですが、具体的にはどのような思想に基づき、日々考え、行動をしをているのかを数回にわたりこの場で発表させていただきます。

 第一回目は、当社の「家づくり」は、当社の強みを生かした上で成り立っているのは当然のことですので、我々が考えるところの当社の強みとはいったい何なのかについて探っていきたいと思います。昨年の12月に、この点をテーマにした社内会議が開かれておりますので、これを要約したものを見ていきたいと考えます。(つづく)

                     

代表取締役 下平 勇 
 

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2016年11月20日

ロシアW杯最終予選

久しぶりにサッカーの話題を少々。先週行われたサッカーのW杯(ワールドカップ)アジア最終予選、日本対サウジアラビアの試合はご覧になりましたか?
この試合は先発メンバーの顔触れがいつもと違い、あまりサッカーに詳しくない人には違和感があったかもしれません。ここ数年、日本代表を背負って来た本田、香川、岡崎という攻撃の核となる選手が控えに回り、清武、原口、久保、大迫というロンドン五輪・リオ五輪世代が先発したのです。

率直に言って面白い試合でした。FWの大迫がターゲットになってボールを収めることで、攻撃に出ていくタメ(時間)が作れていましたし、トップ下の清武も、相手選手の間で上手く縦パスを受けて前向きにドリブルするシーンが多く、流れるような攻撃が繰り返されました。
前半は、決定的なチャンスを得点にできない嫌な流れでしたが、前半終了間際に得たPKを清武が決めて先制し、スタジアムでもテレビの前でも歓喜が爆発。早めに帰宅していた私も、大きな声を上げました(笑)

wcupasia1.jpg  Sports Graphic Number 臨時増刊号表紙

後半の頭から、久保に代わって本田が入りました。さらに後半19分、攻撃の中心として活躍していた清武が香川と交代。サウジアラビアがボールを支配するようになって日本は守備の時間が増え、息詰まる展開になりました。
サウジアラビアの監督は、オランダ人のファン・マルバイク(南アフリカW杯で準優勝したオランダ代表の元監督)。オランダは攻撃的指向の強い戦術大国で、攻撃力は欧州でも屈指です。もともと、守備を固めてのカウンター攻撃を得意とする中東勢ですが、オランダ人監督によって攻撃型に生まれ変わり、ここまでの4試合で首位を走っていました。
逆にそのお陰で、ロングボールを放り込まれるのを苦手にしている日本が、上手く守れていたのは皮肉だな等と、テレビの前でぶつぶつ文句を言いながら見ていましたが、後半35分、待望の2点目が入ります。
左サイドで長友が本田とのワンツーパスで突破すると、中をよく見てグラウンダーのクロス。香川が少し触ったことで相手の寄せが遅れ、フリーの原口がシュートをゴールに流しこみました。2度目の歓喜爆発。

後半45分に1点返されたのは軽率(得失点差でサウジアラビアを上回れず)でしたが、重要な一戦に勝利したことでサウジアラビアと肩を並べました。予選4試合を終えた時点では、サウジアラビア(勝点10)、オーストラリア(勝点8)に次ぐ勝点7(2勝1敗1分)の3位だった日本ですが、タイと引き分けたオーストラリアを僅かに上回って2位に浮上しました。4位のUAEまでは勝点1差の接戦です。

2010年の南アフリカW杯では、若い本田が日本を牽引し、その後、岡崎や香川もレギュラーに食い込んで日本代表は世代交代が進みました。しかし、彼らがヨーロッパのクラブで活躍して代表でのポジションを不動にする一方、次世代の選手がなかなか彼らを脅かすことできず、近年は停滞感を感じずにはいられませんでした。このままでは世界を驚かせるどころか、W杯に出られないかもしれない・・・

wcupasia2.jpg  サッカーダイジェスト10月13日号表紙

それがここに来て、ようやく世代交代の兆し。長谷部も含めたベテランの力や経験もまだまだ必要ですが、代表のポジション争いが激しくなり、チームが活性化する期待が持てます。
次の試合は、3月23日にアウェイでUAEと対戦しますが、私たち視聴者も自信をもって臨めそうです(笑)

岸 未希亜

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2016年10月22日

運動会のち誕生会

9月の天気は雨ばかりでしたが、10月は爽やかな秋晴れが続いています。10月は家族のイベントが多いので、仕事の合間を縫って今年も小さな家族サービスです。

先ずは娘の通う小学校の運動会。土曜日に雨が降ったため、運動会が日曜日にスライドしました。日曜の午後に打合せが入っていたので、昨年同様、お昼までしか見られませんでしたが、買ったばかりのビデオカメラを片手に娘を追いかけました。長女の徒競争と騎馬戦、次女の玉入れとダンスが見られたのに加え、妻の手作り弁当が食べられたので満足です(笑)

翌週は、地区の運動会である体育レクリエーション大会(通称、地区レク)。これも日曜日に雨が降ったため、体育の日にスライドしたのですが、日曜日だと仕事が入っていて参加できなかったので、雨天順延が幸いしました。
昨年もブログでお伝えした通り、「地区レク」は小学校の学区が地区ごとに11グループに分かれ、その地区対抗戦になっています。この日に向けて夜な夜な練習をしている地区や、タイムを測って選抜されたメンバーが出場する地区もあるとのことで、熱気にあふれています。

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昨年はリレー競技だけの出場でしたが、今年は人出不足で「綱引き」にも駆り出され、いきなり腕も足もボロボロです。初戦の相手が優勝候補だったため、あっさり敗れました。
「年齢別リレー」には今年も出場しました。小学生、中学生、20代、30代、40代、40代以上というバラバラの年代、男女を組み合わせて10人でバトンを繋ぎます。昨年は、全力疾走によって太腿の裏に軽い肉離れを起こしましたが、今年は一人を追い抜く快走にも痛みは無く、無事にバトンパスできました。入念なストレッチのお陰でしょうか(笑)

走者が封筒に入ったおみくじを引き、書いてある指示に従う「おみくじリレー」にも、今年は初めて出場。砂袋を載せたネコ(手押し車)を押したり、3個のボールを抱えたり、大きな下駄を履いたりするので、運に左右される面白さがあります。予選では10人中2人が「大吉」と書かれた当たりクジを引き、6組中1位で決勝に進出しました。決勝は3位でしたが、とにかく盛り上がりました。
ところが、想定外の決勝進出で足を使い過ぎたのか、あろうことか得意の「ボール蹴りリレー」で足が前に出ず、危うく転びそうになりました(写真右下)。往路は蹴ったボールを追いかけて走るだけの状況になり、赤っ恥です。この日、一番凹みました(笑)

翌週は妻の誕生日。次女がお母さんにプレゼントを買うというので、2人で買い物に出掛けました。自分の子供時代を振り返ると、親にプレゼントを買ってあげようと考えたこともなく(笑)、女の子って本当に大人びているなと感心します。プレゼントを買った後、バースデーカードと花束も買って帰宅。夕方には予約していたバースデーケーキを取りに行きました。

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モンブランのホールケーキは3年連続。3日しか離れていない誕生日を夫婦まとめて祝うのも、わが家の定番です。

別の日、子供が小学校に通っている平日の昼に、夫婦2人だけでバースデーランチに行きました。多忙を理由に店を全然予約しなった自分に代わり、妻が予約してくれたのはSOLIS & Agriturismoという葉山のイタリア料理店(住所は横須賀市湘南国際村)です。「素材の味を感じていただく」ことに重きを置き、地元である葉山(三浦半島)の地で育った食材をベースにした料理を提供しているお店です。

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メニューをメモしなかったので、残念ながら料理名を紹介することはできませんが、地魚を使った前菜、スープ、パスタ2品、肉料理、デザートと盛りだくさんで、素材を活かした味つけも美味でした。
敷地内の木が茂っていて視界がやや遮られるものの、窓からは相模湾が一望できます。おまけに店員がイケメンということで、女性客のリピーターが多そうです。妻も、ママ友も一緒にまた来るつもりのようですから(笑)

岸 未希亜

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2016年09月14日

広島カープ優勝

広島東洋カープが25年ぶりの優勝を果たしました。

carp1.jpg 朝日新聞 9月11日朝刊より

優勝を決めた10日、NHKで放送された巨人-広島戦の平均視聴率は、広島地区で何と60.3%。瞬間最高視聴率は71.0%だったそうです。広島では全ての民放番組で優勝特番が組まれるほどの盛り上がりだったそうですが、神奈川県民の私たちには「他所の出来事」という感じかもしれません。しかし、そうでもないのです。

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これは今年の4月に横浜スタジアムで撮った写真です。3塁側の内野スタンドからバックスクリーンの手前まで座席が真っ赤に染まっています。当社の手配する横浜スタジアムのチケットで、いつも広島戦を見に行かれる広島出身のお施主様もいて、今回の優勝をとても喜んでいました。関東にも意外なほど広島ファンがいるようですが、実は私も「隠れ広島ファン」です。

なぜ、私が「隠れ広島ファン」になったのか。興味が無いとは思いますが、お話しします(笑)

私の父は天の邪鬼で、人とかなり違っていました。プロ野球全盛の昭和40年代に、子供に野球ではなくサッカーをやらせたのもそうですし、野球に関しては「アンチ巨人」でした。そんな家庭で育った私は、ごく自然に「アンチ巨人」になり、1979年、1980年に連続日本一になった赤ヘル軍団(広島カープの愛称)を見て、広島が好きになっていました。
でも私の基本はサッカー少年です。たまに近所の公園で友だちと野球をすることもありましたが、自分の中に「野球をしている所を父に見られてはいけない」感覚があったので、表立って野球を楽しむことはありませんでした(笑)

1979年の日本シリーズでは、リリーフ登板した江夏豊が近鉄のスクイズを外し、初の日本一に輝いた有名な場面がありますが、あれもリアルタイムで見ていました(ご存知ない方は「江夏の21球」で検索してみてください)。山本浩二、衣笠祥雄、高橋慶彦、北別府学、山根和夫、江夏豊など錚々たる顔触れが思い出されます。共感してくれる方、きっといますよね(笑)
1981~1991年は、1年を除いて全てAクラス(3位以内)入りし、3度の優勝を果たす全盛期でしたが、1997年に3位になったのを最後に、2012年までの15年間は万年Bクラス(4位以下)に低迷。フリーエージェントやドラフトの逆指名制度の煽りを受け、資金力に乏しい広島は弱小球団の代名詞になっていました。

2009年、本拠地が広島市民球場からマツダスタジアムに代わっても成績が上向かなかった広島ですが、2013年から連続して3位になるなど次第に結果が出ます。

carp3.jpg Sports Graphic Number 878号表紙

そして2015年、ニューヨークヤンキースから黒田博樹が復帰し、前田健太との二枚看板で大きな期待を集めました。しかしこの年も、前半戦は優勝争いに加わったものの、後半戦で失速し4位。シーズン終了後、前田健太がロサンゼルスドジャースへ移籍してしまったので、誰もが「また優勝が遠のいてしまう」と思いました。
ところが今年、若手や中堅選手の成長に加えて、ベテラン新井貴浩が活躍し、チームとしての完成度が高まりました。39歳の新井と41歳の黒田は、奇しくも同じ2007年のオフに広島を退団したのですが、昨年同時に古巣に戻って来て、今年遂に25年ぶりの優勝に貢献。これにも数々の物語があるのです・・・(笑)

新井は主に4番打者を務めて打率・打点とも好成績を収め、黒田は先発ローテーションを守ってここまで9勝。加えて今シーズンは、新井が2000本安打を達成し、黒田は日米通算200勝を達成しました。2人の超ベテラン選手は数字上の活躍に止まらず、野球に取り組む姿勢や若手へのアドバイスによって、チーム全体に及ぼした影響は量り知れません。
今年だけでなく、数年は勝ち続けてほしいと思います。隠れ広島ファンとして。

岸 未希亜

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2016年09月02日

未体験の北海道

3年前にも書きましたが、妻が北海道の出身で娘2人も北海道で生まれているため、夏になると彼女らは故郷へ帰っていきます。今年は7月末から娘2人だけで先に妻の実家へ行き、私たち夫婦は、お盆の後に夏休みを取って里帰りしました。昨夏、初めて実家に帰らなかった妻は2年ぶり、私は3年ぶりの北海道です。

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何も見ないで「北海道」を描くのは難しいですが、菱形のような大まかな凹凸はイメージできますよね?
北側の突端は日本最北端の地(北方領土を除く)である宗谷岬(そうやみさき)。東側は知床半島と根室半島が2本の角状になっていて、根室半島の先端を納沙布岬(のさっぷみさき)といい、目の前には北方領土が迫っています。
そして、北海道の中央南に突き出した部分が「襟裳岬(えりもみさき)」です。襟裳岬と言えば、森進一が唄う「えり~もの、春~は~、何も~ない、春です~」が思い浮かぶと思います(笑)

私も北海道には何度も来ているので、有名な場所はだいたい抑えているつもりですが、襟裳岬にはまだ行ったことが無く、実家のある帯広から2時間(約110km)かけて行って来ました。

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荒々しい岩肌の襟裳岬は、日高山脈の南端が海まで突き出したような格好で、岩礁が海の先へと連続しています。相模湾のような穏やかな海と違って、太平洋に接した風の強さ、厳しい自然が印象的でした。

襟裳岬から日高山脈の西側を海岸線に沿って北上すると、浦河、静内、新冠(にいかっぷ)といった町を通過します。この地名を聞いてピント来た貴方は、もちろん競馬好きですよね(笑)新冠町にある「サラブレッド銀座」を訪れると、レースを引退した元競走馬や、その子供たちが見られます。

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かつては、日高地方にある中小規模の牧場が日本競馬を牽引し、競馬史に残る名馬を多数輩出していましたが、現在、競馬界を席巻しているのは、千歳空港の近くに広大な施設を構える社台ファーム(千歳市)やノーザンファーム(安平町)で、世界的にもトップクラスのブリーダーです。
それでもここ数年のGⅠレース(全24戦)を見れば、優勝馬の約半数は日高の中小牧場が生産したサラブレッドで、その事実は興味深くロマンがあります。馬主が北島三郎ということで知られるキタサンブラック(ヤナガワ牧場/日高町)も、そのうちの1頭です。

翌日は、札幌を拠点に親戚や友人に会った他、小学2年生の次女が、ガイドブックの綺麗な写真を見て「ここに行きたい」と主張したため、小樽(おたる)にも行って来ました。

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小樽は明治期から昭和初期にかけて、北海道経済の中心地として栄えた町です。石造りの倉庫や銀行などの洋風建築が残り、今日でも歴史の息吹が感じられます。写真でもお馴染みの有名な場所が「小樽運河」ですが、中国人観光客を中心に多くの人でごった返し、残念ながら風情は感じられませんでした。それでも、人力車に乗ってお姫様気分を味わい、お昼ご飯に海鮮丼を食べ、友だちにガラス細工のお土産を買ったりして、娘たちは十分に楽しめたようです。

小樽まで来たので、もう少し足を延ばして余市(よいち)にも行って来ました。この地名にピンと来た貴方は、ウイスキー好きか、NHKの朝ドラ好きかのどちらかですね(笑)

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連続テレビ小説「マッサン」のモデルは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝です。日本ではまだイミテーションウイスキーが主流だった大正時代、彼は単身スコットランドに渡ってウイスキー造りを学び、日本で最初に「本物のウイスキー」を造りました。ドラマを見ていた時は、「スモーキーフレーバー」「ポットスチル(単式蒸留器)」といった言葉が頭から離れませんでしたが(笑)、残っている往時の施設を見学すると、その世界観が甦ります。見学の他、ウイスキーやりんごジュースの試飲も可能で、全て無料なのも驚きです。

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ウイスキーに詳しい人はご存知だと思いますが、「竹鶴」や「余市」という名のピュアモルトウイスキーは、世界のウイスキーコンテストで最高賞を受賞している逸品です。マッサンの想いが現在の社員、ブレンダーにも受け継がれているところに、感動を覚えますね。

ところで、私が北海道に滞在していた1週間に3つの台風が上陸し、帰京を予定していた22日は、台風9号の接近で飛行機が欠航しました。予定通りに帰れなくなり、「酷い目にあった」と笑い話にするつもりでしたが、30~31日に台風10号の影響で北海道各地に大きな被害が発生。笑い話では済まされなくなりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧を切に願います。

岸 未希亜

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